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東京地方裁判所 平成6年(ワ)24549号 判決 1996年2月23日

原告

金田哲成

右訴訟代理人弁護士

藤谷正志

被告

右代表者法務大臣

長尾立子

右指定代理人

比佐和枝

外三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金四〇〇万円及びこれに対する平成六年四月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (不法行為)

(一) 原告は片山進一(以下「片山」という。)に対し、平成六年三月ころ、金二〇〇万円を貸し付け、更に、同年四月八日、金二〇〇万円(合計金四〇〇万円)を、弁済期を同年七月八日とする約定の下、貸し付けた(以下、右の貸金契約を一括して、「本件貸金契約」という。)。

(二) 原告は片山との間に、平成六年四月五日、当時、片山所有であった別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)及び別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」といい、本件土地と併せて「本件不動産」という。)につき左の内容の根抵当権設定契約を締結した(以下「本件根抵当権設定契約」という。)。

(1) 極度額   金五〇〇万円

(2) 債権の範囲 金銭消費貸借取引による債権、手形・小切手債権

(3) 債務者   片山

(4) 権利者   原告

(三) 原告は、平成六年四月八日の本件貸金契約締結に先立って、同月六日、千葉地方法務局柏支局(以下「柏支局」という。)に対して、本件不動産について、原告が雇用していた小山哲守(以下「小山」という。)を介して不動産登記簿謄本の交付を申請し、同日、同謄本の交付を受けたところ、同謄本には、本件不動産が片山の所有であることを示す記載があった。

(四) 原告は平成六年四月八日、本件根抵当権設定登記手続に先立って、柏支局において、小山を介して本件不動産登記簿を閲覧したが、本件不動産の不動産登記簿には、右(三)のとおり、原告所有名義の記載があり、その内容に変更はなかった。

(五) 原告は平成六年四月八日、本件根抵当権設定契約に基づき、本件不動産につき、柏支局右同日受付第一二七三九号及び同日受付第一二七四〇号による根抵当権設定仮登記(以下「本件仮登記」という。)を申請した。

(六) ところが、本件仮登記申請前の平成六年四月五日、本件不動産について、柏支局同日受付第一二三五一号の、平成六年四月一日売買を原因とする、片山から片山さち子(以下「さち子」という。)に対する所有権移転登記手続の申請がなされていたことから、柏支局は原告に対して、同月一九日、原告の本件仮登記手続申請を取り下げるように勧告し、原告はこれにしたがって、本件仮登記手続申請を取り下げた。

(七) 原告が片山との間に、本件貸金契約を締結し、本件不動産につき本件根抵当権設定契約を締結したのは、平成六年四月六日付の本件不動産の不動産登記簿謄本に片山が本件不動産の所有者であるとの記載があったこと及び同月八日の本件不動産の不動産登記簿の閲覧の際、同登記簿に片山が本件不動産の所有者であるとの記載があったことを信用したためである。

(八)(1) 不動産登記法四七条は、登記官が登記申請書を受領するごとに、受付帳に、登記の目的・申請人の氏名、受付年月日、受付番号を記載すべき旨を、同法施行細則四七条は、登記官が申請書を受領した場合は遅滞なく申請に関する全ての事項を調査すべき旨を、不動産登記事務取扱手続準則五四条一項は、登記申請がなされたときは、直ちに右受付帳への記載をなすべき旨を各規定している。

(2) そこで、登記実務においては、右各規定を受けて、登記申請がなされた場合、直ちに受付帳に右所要事項を記載して、調査担当者に送付し、調査担当者が速やかに登記申請物件の登記簿に「ビニール製のしおり」を挟み込んだ上、申請内容の調査を行うべきものとされている。

(3) ところで、登記申請後に当該不動産の登記簿の閲覧若しくは謄本の交付を申請した者があった場合には、申請中の登記手続が存在することを申請者に公示しないまま、ただ、当該不動産登記簿の閲覧若しくは謄本の交付をしたのでは、当該不動産の権利関係について不正確な情報を提供することになり、ひいては、かかる不正確な情報をもとに右申請者が当該不動産取引により損失を被る危険性が存在する。

(4) したがって、登記所の右各作業は、即日なさなければ、その後に登記簿を閲覧したり、不動産登記簿謄本を交付申請した上で、別の登記申請行為を行おうとする者に不測の損害を生じさせる危険があるので、少なくとも、登記申請があった即日に行うべきものと解される。すなわち、柏支局の職員においては、登記手続申請があった場合には、少なくとも、申請の当日中に、当該登記申請が当該登記申請の対象不動産についてなされていることを、当該不動産の不動産登記簿に前記の「ビニール製のしおり」を挟み込んで公示すべき注意義務があるところ、柏支局の職員は、漫然、右注意義務を怠り、平成六年四月五日受付第一二三五一号により、本件不動産について、片山さち子に対する所有権移転登記の登記手続申請を受け付けたにもかかわらず、同申請があったことを公示する「ビニール製のしおり」を同日中に本件不動産の不動産登記簿に挟み込むことを怠って、右登記手続申請がなされていることを看過して、原告が同月六日になした本件不動産の不動産登記簿謄本申請に対して、同月六日付の本件不動産の登記簿謄本を交付し、更に、同月八日、原告の意思を受けて本件不動産登記簿の閲覧を申請した小山に対して、本件不動産登記簿の閲覧をさせた過失がある。

2  損害

(一) 本件土地は、一平方メートル当たり金二五万円の価値があると評価するのが相当であり、本件土地の面積は193.25平方メートルであるから、本件土地の評価額としては金四八三〇万余円が相当であり、これに本件建物の評価額を合計した本件不動産の評価額としては、合計金約五〇〇〇万円と評価するのが相当である。

(二) これに対して、本件不動産について、本件仮登記に優先する担保権としては、ファーストクレジット株式会社を権利者とする債権額金三三六〇万円の抵当権、国民金融公庫を権利者とする極度額金一〇〇〇万円の根抵当権が設定されている。

(三) したがって、本件不動産は(一)、(二)のとおり、本件貸金債権相当額である金四〇〇万円を超える合計金六四〇万円相当の余剰財産価値を有していたが、片山の行方不明と相俟った被告の右不法行為により、原告の本件不動産に対する本件根抵当権に基づく本件貸金債権の回収が不能となったことにより、原告は本件貸金相当額の損害を被った。

よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条に基づく損害賠償請求として、金四〇〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成六年四月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)、(二)、(七)の各事実及び同(六)の事実のうち柏支局の職員が原告に対して本件仮登記の申請を取下げるように勧告した事実は知らず、同(三)、(五)、(八)の(2)、(3)の各事実及び同(六)のその余の事実並びに同(八)の(4)の事実のうち柏支局の職員が平成六年四月五日付の片山からさち子に対する所有権移転登記の申請を看過して、同月六日原告に対して本件不動産についての不動産登記簿謄本の交付申請に応じて同謄本を交付したことは認め、同(四)の事実及び同(八)の(4)の事実のうちその余の事実は否認し、同(八)の主張は争う。

2  請求原因2の事実は知らず、同2の主張は争う。

三  被告の反論

1  柏支局は、平成六年四月五日ころ、同月一日から不動産の評価替えが実施されたことにより不動産に関する権利の登記についての申請が同年三月ころ以降、急増していたことを原因として、例えば、同年三月末日における権利に関する登記申請の未済事件数が一二四八件であったところ、同年四月一日の権利に関する登記の申請受付件数は一二九件、同月四日は三〇八件、同月五日は、一六二件であって、同月五日までの右未済件数は少なくとも、一四〇三件に達する事務繁忙の状況にあった。また、同月が職員の異動時期と重なっており、さらに、権利に関する登記の申請があった場合、登記官は、その申請書を受け付け、審査して、却下事由がなければ、申請に基づいて登記簿への記載を申請の受付順位にしたがって行うため、受付日と記載日との間には若干の間隔を生じることは通常やむをえないことであることに鑑みれば、同支局職員が、右同日受付の本件不動産に関する片山からのさち子に対する同月一日売買を原因とする所有権移転登記手続の申請が同日なされたことを示す「ビニール製のしおり」を挟み込み、右登記申請のあったことを示す事務処理を行うことは不可能であり、柏支局の職員に原告主張の過失はない。

2  原告は平成六年四月八日、本件不動産登記簿を閲覧すれば、本件仮登記申請に先立って、本件不動産につき、本件根抵当権設定仮登記に優先する登記申請がなされたことを知り得たのにもかかわらず、本件不動産登記簿の閲覧を怠たり、その結果、本件不動産につき同月五日付の所有権移転登記手続の申請がなされたことを知らないまま、本件仮登記の申請をなしたものであって、原告主張の損害と原告主張の被告の過失との間に因果関係がない。

3  仮に、原告が片山に対して、平成六年三月ころ、金二〇〇万円を貸し付け、被告に原告主張の過失があったとしても、右金二〇〇万円は、被告の過失行為前に既に貸し付けられたものであり、被告から原告に対して同年四月六日に交付された本件不動産登記簿謄本の記載を信頼して貸し付けられたものではないので、原告主張の被告の過失行為と原告の右貸付との間に因果関係は存在しない。

四  被告の反論に対する認否

いずれも争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1の(三)、(五)、(八)の(2)、(3)の各事実及び同(六)の事実のうち、本件不動産につき、平成六年四月五日、同日受付第一二三五一号の、片山からさち子に対する同月一日売買を原因とする所有権移転登記手続の申請がなされていたこと及び原告が同月一九日本件仮登記手続の申請を取り下げたこと、同(八)の(4)の事実のうち、柏支局が平成六年四月五日付の片山からさち子に対する所有権移転登記を看過して、同月六日の原告の本件不動産についての不動産登記簿謄本の交付申請に応じて、原告に同謄本を交付したことは当事者間に争いがない。

二  その余の請求原因事実について判断する。

1  成立に争いのない甲第一、第二号証の各一、二、乙第一ないし第三号証、宮公署作成部分の成立並びに甲第三号証の一、二の片山進一名下の印影が片山の印章によるものであることは当事者間に争いがないので、右の印影は片山の意思に基づいて顕出されたものと推定されるから、全体において真正に成立したものと推定すべき甲第三号証の一、二、第五号証、証人小山哲守の証言により成立の認められる甲第六号証、原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第四号証、第七、第八号証、証人小山哲守の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は平成六年四月当時、ライク・コーポレーションの名前で貸金業を営んでおり、同年三月ころから、片山が代表取締役を務めるユニグレード株式会社に対して、数回にわたって金員を貸し付けたこと、ユニグレード株式会社は、同年四月五日ころ、資金繰りが苦しい状況にあったこと、そこで、原告は本件不動産について、本件仮登記及び本件建物についての賃借権設定仮登記の申請をすることにしたこと、本件根抵当権設定契約書には、債務者兼根抵当権設定者として片山の印鑑登録にかかる印影があり、作成日付を同月四日、極度額を金五〇〇万円、被担保債権の範囲を金銭消費貸借取引、確定期日を定めないとする記載があること、本件貸金契約書(甲第四号証)には、連帯債務者として、ユニグレード株式会社の記名印と片山の印鑑登録にかかる印影があり、作成日付を同月八日、貸付金額を金四〇〇万円、弁済期を同年七月八日とするとの記載があるが、利息・遅延損害金等の記載がないこと、原告自身が、右貸金契約書の金四〇〇万円の貸付の記載にもかかわらず、片山に対して同月八日に金四〇〇万円を貸し付けたのではないことを認めていること、また、原告が本件根抵当権設定契約書及び本件建物についての賃貸借契約書を同年三月に作成していたことを認めていること、本件建物についての賃貸借契約書には作成日付を同年一月二四日とする記載があるが、この記載のうち、「一月」の記載については「四月」の記載を抹消して、「一月」と記載してあること、原告自身、本件貸金契約書及び本件根抵当権設定契約書の作成の経緯について明確な記憶がないこと、ユニグレード株式会社が同月六日、一回目の不渡を、同月七日、二回目の不渡を出して、銀行取引停止処分を受けたこと、原告が小山を介して同月六日に入手した本件不動産登記簿謄本には、平成六年三月八日受付第七三〇二号により片山が本件不動産の所有権を取得した旨の記載があったが、片山からさち子に対する同年四月一日付の売買契約を原因とする所有権移転登記の記載がなかったこと、同月上旬の柏支局の不動産登記事件の処理状況は、同月一日の受理件数、処理件数、同日段階の未済件数が、それぞれ、一五七件、一四二件、一三七五件、同月四日の受理件数、処理件数、同日段階の未済件数がそれぞれ、三三八件、三四〇件、一三七三件、同月五日の受理件数、処理件数、同日段階の未済件数が、それぞれ、一八八件、八四件、一四七七件であったこと、本件不動産の平成六年四月四日当時の固定資産税評価額が本件不動産のうち本件土地につき、金三九六一万六二五〇円、本件建物につき、金四二三万五一六三円であったこと、本件不動産のいずれにも、本件仮登記申請に先立って、ファーストクレジット株式会社を権利者として債権額を金三三六〇万円とする抵当権、国民金融公庫を権利者とする極度額を金一〇〇〇万円とする根抵当権が設定されていたことを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠は存在しない。

2  被告の過失について判断する。

前記当事者間に争いのない事実及び右1認定の事実を総合すれば、平成六年四月五日、本件不動産につき、片山・さち子間の同月一日付売買契約を登記原因とする所有権移転登記の申請がなされたこと、原告が本件不動産につき、同月六日、小山を介して、柏支局に対して本件不動産の登記簿謄本の交付を申請して、同謄本の交付を受けたこと、同謄本には、原告が三月八日付の売買を登記原因として、本件不動産について所有権を取得した旨の記載があったが、右四月一日付の片山・さち子間の売買契約による片山からさち子に対する本件不動産についての所有権の移転の記載がなかったこと、登記実務においては、不動産について登記申請があった場合、登記所職員は、当該申請を受付帳に記載して、申請書の調査を担当する職員に申請を送付し、同職員は、国民が、右申請中の登記の記載のない不動産登記簿を閲覧したり、その謄本の交付を受けたりすることにより、当該不動産に関する権利関係について齟齬が生ずることを防止するために、当該不動産登記簿に右登記申請があり、現在、登記手続中であることを示す「ビニール製のしおり」を挟み込んで、登記手続中であることから閲覧若しくは謄本の交付ができない旨を他の職員に知らしめて、それぞれの申請者に説明させて、閲覧申請者に閲覧させず、また謄本交付申請者に対して謄本の交付も行わない扱いとしていること、ところが、本件においては、柏支局の職員が、本件不動産についての、同月五日受付第一二三五一号の片山からさち子に対する所有権移転登記の申請があったことを示す「ビニール製のしおり」を本件不動産登記簿に挟み込まないうちに、原告の小山を介した同月六日付の本件不動産登記簿謄本の申請があったため、柏支局の職員が、本件不動産につき前記所有権移転登記手続中であることを看過して、原告に対し、同月六日付の本件不動産登記簿謄本を交付してしまったことの各事実を認めることができる。

ところで、不動産登記事務は、国家が行う公証行為であり、右登記事務を担当する登記官は、国の公権力の行使に当たる公務員である。そして、不動産登記制度は、国が不動産に関する権利関係を公示して国民の閲覧に供し、もって、不動産取引の安全の確保に資することを目的とするものであり、不動産登記簿は、右不動産登記制度の基本となる重要な公簿である。かかる不動産登記簿の国民の不動産取引に対する重要性に鑑みて、不動産登記簿により時々刻々に変動する不動産に関する国民の権利関係の正確な記載を担保するために、不動産登記事務取扱手続準則五四条一項は、登記の申請書の提出があったときは、直ちに受付帳に所要の事項を記載するものとし、不動産登記法施行細則四七条は、登記官が申請書を受け取ったときは遅滞なく申請に関する総ての事項を調査するものとし、さらに不動産登記法四九条は、登記申請に欠缺がある場合には登記申請を却下すべきとしつつ、欠缺を即日補正しうるものについて例外的に却下しないものと定め、これを受けて、不動産登記事務取扱手続準則五四条二項は、登記の申請に欠缺がありその欠缺が即日に補正されないためにその申請を却下すべき場合には、事前に申請人に取下げの機会を与えるべきものと定めているところ、これらの法規は、国が登記申請に対して即日対応することを前提として定められているものと解される。これらの法規及び不動産登記制度の趣旨・目的に鑑みれば、国は、不動産登記事務を行い、もって国民の不動産取引に関する便宜を供する者として、不動産に対する権利に関する登記の申請がなされた場合、当該登記申請中の不動産について、右手続中の登記の記載がない登記簿の閲覧を許し、その謄本を交付することにより、国民が当該不動産の登記簿若しくは登記簿謄本記載にかかる権利関係を誤解して当該不動産に関する取引に関連した損失を被ることを防止するために、右登記申請に直ちに対処して、右登記申請に対する処分が終了するまでは、閲覧若しくは謄本交付の申請があっても、閲覧させず若しくは謄本を交付しないようにして、当該不動産について手続中の登記申請があることを閲覧若しくは謄本交付の申請者に対して知らしむべき注意義務を負担していると解され、かかる注意義務を履践するために、登記事務において、右認定の、登記申請受付後に職員が申請中の登記手続がある場合には、申請中であることを他の職員に公示するために、当該申請の対象である不動産の登記簿に「ビニールのしおり」を速やかに挟み込み、「ビニールのしおり」が挟み込まれた不動産については、申請中の登記手続が存在することを看過して、当該不動産登記簿の閲覧若しくは謄本の交付をすることを防止する取扱が採用されているところ、柏支局の職員が本件不動産につき同月五日付で申請のあった所有権移転登記手続申請を看過して、同申請のあったことの記載のない当該不動産に関する登記簿謄本を同月六日の申請により同日交付してしまった事実経過に照らせば、かかる被告の登記事務処理には右の注意義務に違背する過失があるものと解すべきである。

これに関して、被告は、本件謄本交付申請時に、柏支局がその責めに帰すべきでない事情を原因とする前記1認定の事務繁忙状況にあった上、右時期が職員の異動時期と重なったため、謄本の交付の際、所有権移転登記の申請のあったことを看過したことにはやむをえない事情があったとして、無過失を主張するが、柏支局が右認定の事務繁忙状況にあったことや、職員の異動等の事情は被告の負担する注意義務を軽減する事情とも、注意義務の不履行を正当化する事情とも認められないと解すべきである。したがって、被告の主張は失当であり、被告の本件事務処理には過失があるものと認めるのが相当である。

3  原告の損害について判断する。

(一)  前記当事者間に争いのない事実及び前記1認定の事実並びに本件全証拠によっても、原告主張のように、原告が片山に対して、平成六年四月八日に金四〇〇万円を貸し付けて、さらに、右貸金を担保するために、本件仮登記申請を行ったものと認めるに足りる証拠は存在しない。

(二)  これに対し、原告は、平成六年三月ころから片山若しくはユニグレード株式会社に対して数回にわたって金銭を貸し付け、その際、片山の当時の所有物件である、本件不動産に対する原告を権利者とする根抵当権設定契約及び神岡を賃借人とする建物賃貸借契約をそれぞれ締結する一方、片山から小切手の振出を受けて、小切手を交換に回して、債権の回収を図っていたが、同年四月五日当時において、片山の原告に対する残債務が金二〇〇万円であったこと、片山が原告に対して、右同日、金二〇〇万円の追加融資の申込をしたこと、しかし、原告は片山及びユニグレード株式会社の資金繰りに懸念を有しており、従前交付を受けていた根抵当権設定契約書及び建物賃貸借契約書に基づいて、本件不動産について、本件仮登記及び建物賃借権設定仮登記を受けなければ、片山の要請に応えて、金二〇〇万円の追加融資を行うことは困難である旨を回答したところ、片山が、右各仮登記の設定を承諾したこと、そこで、原告が同月六日、小山を介して、柏支局において、本件不動産の登記簿謄本を受領したが、同謄本には本件不動産が片山の所有である旨の記載があったこと、そこで、原告は同月八日に金二〇〇万円の追加融資を行うことを決意し、小山に対して、同日午前、柏支局において、本件不動産登記簿を閲覧して、本件不動産に関する権利関係において、同月六日付の登記簿謄本の記載と変動がないかどうか確認して、権利関係の変動がない場合には、本件不動産につき、本件仮登記及び建物賃借権設定仮登記を申請すべきことを指示したこと、小山が、右同月八日、柏支局において、本件不動産登記簿を閲覧して、本件不動産の権利関係に変動がないことを確認して、本件仮登記等を申請し、原告は片山に対して、金二〇〇万円の追加融資を行ったこと、その後、原告が登記官の指示にしたがって、本件仮登記等を取り下げたことを主張する。

しかし、原告本人尋問における原告の供述によれば、原告自身、片山に対していつ追加融資を行ったのか明確な記憶がなく、原告代理人の尋問の中で、当初、同月七日と述べていたが、本件不動産に対する根抵当権の設定をする前に貸付を行ったのか、原告はいつもそのような貸付を行っていたのかという一連の質問の中で、ようやく、本件仮登記申請後である同月八日に追加融資をおこなった旨供述を変更したこと、ただ、その供述も、追加融資をしたのかという質問に対して、「そうです、…だと思います」という不明確なものであり、貸付を行った場所も「会社だと思う」という趣旨の不明確な供述しかないこと、更に、右貸付の際に領収書及び小切手を受領したが、小切手の額面及び支払場所並びに小切手金の取立を依頼した銀行も覚えていないこと、右領収書及び小切手はいずれも保管していないと述べつつ、領収書を保管しない理由については分らないとした後、紛失したと供述を変更し、小切手については交換に回して不渡になったので存在していないと述べたこと、原告自身に本件根抵当権設定契約書及び建物賃貸借契約書並びに本件仮登記及び建物賃借権設定仮登記の申請書を、いつ、どのように作成したかについての明確な記憶がないこと、建物賃貸借契約書の作成日付のうち、「四月」とあったものが「一月」と訂正されているところ、この訂正につき原告が説明できないこと、原告は、本人尋問において、当初、右各登記申請書の作成者について、神岡であるとしていたが、筆跡を指摘されると、小山である旨供述を変更していること、原告自身にも、同月五日ころにおける、片山に対する貸金債権の額がどの程度の金額であったかや片山が同日原告に対して申し込んだ追加融資の希望額の記憶がないこと、本件貸金契約書には貸付金額を金四〇〇万円とする記載があるにもかかわらず、同月八日の貸付金額も金二〇〇万円と述べる一方で、「多分」であるとも述べて明確でないこと、本件請求金額を金二〇〇万円から金四〇〇万円に変更した経緯についても不明確な供述しかできないこと、証人小山は、四月六日に本件不動産の登記簿謄本の交付を受けながら、同月八日に貸付を行い、本件仮登記の申請をした経緯について、同月七日に貸付を行う予定だったがと証言しつつ、八日に貸付が延期された特別な事情はないと述べるにとどまり、原告本人も本人尋問において、その日に片山に会えなかったというにとどまっているが、片山が資金繰りが苦しく、原告がそのことを当時知っており、片山が同月六日に第一回目の不渡を、同月七日には第二回目の不渡を出していたのに、原告が追加融資を行うというのであれば、片山の都合によって、貸付及び本件仮登記申請を延期するというのは不自然であること、証人小山が、原告から、同月八日午前中に本件不動産登記簿を閲覧して、本件不動産登記簿の甲区欄及び乙区欄双方に変化がなければ本件仮登記を申請せよ、所有権が移転されていれば登記申請を行わないで本件仮登記申請書を持ち帰るようにとの指示を受けていたので、本件不動産登記簿を閲覧して、その記載を確認したところ、その記載が同月六日付の本件不動産登記簿謄本の記載と変化がなかったので、原告に登記簿の記載に変化がない旨の報告を行い、原告から本件仮登記を申請せよとの指示を受けて、本件仮登記の申請を行ったと証言したのに、原告は原告本人尋問において、原告代理人による尋問では、その旨証言しながら、他方で、詳しく指示内容を質問されると、原告自身が指示したのではないと述べていること、原告は、本人尋問において、ユニグレード株式会社が同月六日に第一回目の不渡を、同月七日に第二回目の不渡を出して取引停止処分を受けたことを同月八日の本件貸金契約締結前には知らなかったと供述しているが、原告がいわゆる金融業を営んでおり、かつ、当時、ユニグレード株式会社が資金繰りの厳しい状況にあることを知っていたことを自認していることからすれば、ユニグレード株式会社の決済状況は注意しているはずであるのに、不渡後二日を経過しても、なお、不渡の事実を知らなかったというのは不自然であるし、その他、原告の供述自体に不自然な点や、前後に矛盾した点が数多く存在する上、小山の証言とも矛盾する点が認められ、したがって、小山の証言及び原告の供述、各書証の記載は容易く信用することができず、原告の片山に対する貸付及び本件根抵当権設定契約締結の経緯には、甲第四号証の本件貸付契約書及び甲第三号証の一、二添付にかかる本件根抵当権設定契約書が存在していることを考慮しても、なお、その記載どおりの事実経過であったかには疑問が残ると言わざるを得ない。

それゆえ、同月五日に片山が原告に対して、金二〇〇万円の残債務を負担していたとか、同日、片山が原告に対して、金二〇〇万円の追加融資を要請したとか、同月八日、小山が本件不動産登記簿を閲覧したとか、同日原告が片山に対して金二〇〇万円を追加融資したという事実を認定するに足りる証拠は存在しない。

したがって、その余の事実を判断するまでもなく、原告の請求は失当である。

三  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官星野雅紀 裁判官金子順一 裁判官吉井隆平)

別紙物件目録<省略>

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